202602
こんにちは。こんばんは。小萩海です。
二月の月報です。大変な月でした。起きたこと全部は書かなかったのに5000字くらいあります。一月は3500字だったのでだいぶ増えました。とにかく暇な時や、ふいに思い出した時にいつでも読めるので、ご自由にお読みください。
・そうさくマーケットに参加していました
先月の月報にも書いて各SNSにも簡単な宣伝をしていましたが、23日に大阪で行われた同人誌即売会イベントそうさくマーケットにサークル参加してきました。お立ち寄りいただいた方々、ありがとうございました。イベントを楽しむ一助となったならば嬉しいです。
ときおり参加しているWalking Sketch Osakaというスケッチ会でご一緒しているスケッチ仲間の方や、以前参加したイラストレーター・タケウマさんのスケッチワークショップで出会った方が遊びに来てくださったりして、すんんごい嬉しかったです。ありがとうございました。
今回自分の場所では、『Life 2025』『熊野古道録一』という本と、デジタルイラストのシール二種、ポストカード十種というラインナップに加えて、無料で水彩スケッチのクリアシールを配布するスタンスでやってみました。無料配布は以前小説サークルとして参加していた時はフリーペーパーを作成していたのですが、もとから自分を知ってくれていた方ならまだしも、偶然出会った人に渡すにはかなり高いハードルがありました。もとを辿ればフリーペーパーには強い憧れがあって、作るの自体は楽しいし、気になった作家さんのペーパーなどは、その人の人柄であったり考えであったりをよく反映されていて面白いものなのですけれども。自分のものとなると、押し付けがましさが自分の中でまさって苦しくなる傾向があったので、思い切ってやめてみました。

シールの無料配布は、その点ちょうどよかったです。まず水彩スケッチが私は大好きなんですが、スケッチ+水彩のそれぞれの軽やかさ自体を好んでいるので、シールという形式はそうした本来の軽さそのままで人に渡せるのがとても良かったです。典型パターンのたとえで恐縮ですが、いわゆる大阪のおばちゃんが飴ちゃんを渡す感覚で話しかけられるんですね。漏れなく驚かれたり喜んでいただけて幸福度が高かったです。お土産としても良かったんじゃないかと思います。また、今回シールにするのに選んだ絵は、きっと幅広い人に好まれやすいだろうと予測の立つものから、一体誰が使うんだろうという明らかにマイナーなものまでさまざまなジャンルを織り交ぜていました。その分、来られた方の選択から、その人がなにを好むのか、なにがひっかかったのかがこまやかに感じられて、それが毎度楽しかったです。
これは自分がお客さん側としてこうしたイベントに参加する時もそうなのですが、作品を入り口にしつつ、人と話せるのがイベントの最大の面白さだとしみじみ思います。私自身はかなりひとりを好むタイプではあり、それゆえの理解のされにくさも苦労もありますが、ひとり好きであること・ひとりの時間を十分確保するのが重要であることと、他者に興味を持ち他者との交流を楽しめるということは、一見矛盾するようで成立するということを発見したのが、この二月全体を見ても大きな収穫であったと思います。それは今回のイベントだけでなくて、実は並行して細々やってた転職活動の中でも、もしかして……? とうすうす勘づいていたことで、「自分とはこういう生き物だ」と無意識に定めていた(自衛行為でもあった)枠組みを広げるような出来事でした。
シールのことばかり書いていましたが、本やポストカード、夕暮れのシールもいろんな方の手元に渡っていきました。どれが売れても嬉しいものなんですが、やっぱり本が売れるととりわけ、でした。『Life 2025』は光がきれいと言っていただけることも多く、『熊野古道録一』はその人の熊野古道への憧れや思い出を聞かせてもらえる機会に恵まれ、また老若男女幅広く気にしてくださったように感じました。それがまた嬉しく、風景というジャンルの大きな魅力の一つでもあると思います。
今後のイベントですが、すでにBlueskyやXでは告知しましたが、 5/23(土)ZINEフェス東京、6/20(土)ZINEフェス旅と食-西日本-(神戸)に参加する予定です。また、前述したWalking Sketch Osakaが5/29(金)〜30(土)に開催予定のグループ展を告知し現在募集されていますが、それにも参加させていただく予定です。また詳細は後日告知します。
遠くで行けないという方は自家通販もあります。手数料や梱包費の都合でイベントより少し高い価格設定をしていますので、ご了承いただいたうえでご検討ください。
また、まだ申し込みはしていないのですが、7/18〜7/20に開催予定の二次創作のWebイベントで、Aro/Ace二次創作オンリー「存在証明」に小説書きとして参加しようかなと考えています。これまで異性・同性カップリングなど妄想を広げて(時に作って)楽しむということはたくさんやってきたんですが、アロマンティック・アセクシャルリーディングを意識的にしてきたことはなかったので、これを機にやってみたいと考えています。
もとをたどれば小説活動がメインということを先月もちらりと書きましたが、絵を重点的に学んで練習していこうと決めた時から、絵を描く自分と小説(文章)を書く自分とをぱっきりと切り離した方がなにかと便利な側面があり意図的に分けていました。今もそういった考え方はあるものの、もう少しグラデーションとして活動することも可能なのではないかと思っています。この月報もその一環です。SNSの使い方などはまだ迷いが諸々あるんですが、ちょうどいいところを探りながらやっていきたいです。
そしてそうしたイベントとは別に、ある程度長期スパンを見据えてやってみたい個人制作の案が生まれたので、三月はそのプロジェクトをこねつつ上記のイベントに向けて少しずつ具体的に進めていければ万歳という感じです。なんだかもう予定を書いているだけで絡まっていきそうな気配があります。そんなうまくはいかないでしょう。表になにか出していくことは引き続き少ないかもしれません。ただでさえ世間が酷い状況で心が非常にすさみやすいので、無理しないでしっかり寝ながらがんばります。
・選挙お疲れ様でした
二月を語る上で避けては通れないのがこちらの話題と思います。気分が悪くなってしまうので詳しくは書きませんが、本当にお疲れ様でした。
急に始まりものすごいスピードで過ぎ去っていった選挙でしたが、私自身は、今までの中で一番選挙活動らしいことをした期間ではありました。それはSNSに具体的に書くこともそうなのですが、(決して多くはなく口下手であるにしろ)リアルで口頭にて政治についての対話を何回か試みたのが、大きな出来事でした。めちゃくちゃ怖かったし、言葉が出てこなかったし、普段の会話より露骨に人の思想にふれることになったし自分の思想を吐き出すことにもなったので、面白くもしんどくはありました。ものすごいエネルギーを消費した期間でした。
開票が終わってみれば、覚悟していたにせよ自分にとってはとても残念な結果になってしまい、今もテレビやSNSで国会をつまんでいると暗澹たる感情にもなりますが、やれることをやっていきます。
そういえばこの期間で、「責任ある積極財政」ってなんやねんと、金融について勉強していたことを思い出しました。生活に直接つながることだし勉強のきっかけとしてFPの試験受けてみたくなっていましたが、他の諸々で手いっぱいで忘れていました。果たして……。
・ポケモン30周年
がっつりふれようと思っていたんですが、文章が長くなってきて疲れてきたし一応ブルスカでも呟いたので、簡単にふれます。おめでとうございます。ポケモンがなかったら今の人生はないです。たくさんの思い出と友人との出会いと創作の面白さをもたらしてくれてありがとうございます。今後もどうぞよろしくお願いいたします。
ところでここ数年続いているポケモンのPVの傾向、今更なんですが、昨今ひどい排外主義が力をつけていて辟易しているところに、どんな人種もどんな性別もどんな年齢層もエンタメを通じて繋げようとしているよなあと思ってぐっときてました。もちろんそれでもすくいとれてない人はいるんですけど、実際のところすべてというのは難しいもので、巨大IPなりに語ろうとしている理想がまぶしくて涙してました、ポケモンプレゼンツ。
(レジェンズZAで排除ベンチデザインを採用してたのは嫌だったけど☆)
・二月ビンゴ
先月の月報読んでない方向けに簡単に説明すると、ビンゴ形式で月の目標を立てて、達成したかどうか確認するって遊びです。
開いたのは四つで、残念ながら場所が良くなくて0ビンゴでした。始まった時はこんな忙しい月になるとは思っていなかったという言い訳とともに。三月もうちょっと開けられるようにしたいので、モチベーションアップのためにも全体にハードル下げることにします。
・夕暮れのシール「海」であり、『祈り』と名付けた絵について

迷いましたが、最後にこの絵について、ちゃんと書いておこうと思います。もともとはシール用に描き下ろした絵です。後出しになってしまったことを、許していただければ幸いです。
これは、初めてパレスチナを具体的に参考にして描いた絵です。
10月7日の事件以降のある日、初めてガザを題材にした映画を観ました。『ガザ 素顔の日常』というドキュメンタリー映画です。恥ずかしながら、私はこの映画を観て、初めてガザが地中海に面していて、海水浴を楽しんだり、多くの漁師がいることを知りました。ガザ市民にとって海が重要であること、しかしイスラエルの封鎖によってわずか5.5kmほどしか漁業ができないことを知りました。遠くまで続いているはずの海もまた牢獄の一部でした。そして現在のイスラエルによるガザ侵攻では、米軍による物資支援の空からの投下が海に向けておこなわれ、それを取るために泳いだ多くの市民が溺死していたことが明らかになっています。
なお、こうした不十分な援助はイスラエル当局によってさらなる制限がかけられており、3/1からは、国境なき医師団をはじめとした37のNGOの国外退去を求める暴力的な規制が始まろうとしています。ちょうどこれを書いている2/28、イスラエルはイランへの攻撃を開始したとの報道がありましたが、イラン市民への暴力行為であることはもちろんのこと、パレスチナで行っている民族浄化を新たな戦争で塗りつぶしてごまかすような戦闘行動であり、一体いくつの最悪を重ねれば気が済むのかと、言葉を失います。
話を海に戻します。フィルムにあった、桃色の夕焼けに包まれた海の光景が記憶に焼きつきました。スクリーンに広がる景色に没入しながら、いつか描いてみたいと強く望みました。けれどその海は単に美しいものではなく、人為的に厳しい境界線が引かれ、また多くの弱いひとびとを呑み込んだ海でもあります。
そうした海をどう描いたらいいのか、ずっと悩んでいました。描いていいものなのかどうかもわかりませんでした。踏ん切りがついたのは、パレスチナ支援をしている方から背中を押されたからでもあります。
破壊された建物や凄まじい黒煙、そして巻き込まれる人々の姿を、直接的あるいは近似的な方法で描くことはできませんでした。オリーブも鳩も、ガザの国旗を示す赤・緑・白・黒の四色も使っていない、何も言わなければ、パレスチナの海であることは誰にもわからない絵になっています。けれども、資料としていくつも見たのはパレスチナの海です。波打ち際に立っているのが、パレスチナ市民であるとまでは言えません。立っているのは一人の人間であり、こちらがわに表情を見せずに海の向こうを見つめています。そうした曖昧な選択をしてごめんなさい。この絵についての具体的な話も、イベントに合わせる勇気を出せず、後出しになってしまったこともごめんなさい。こうした弱さを受け止めながら、もっと強くなりたいです。まだまだ勉強して咀嚼して、慎重に選択をしながら、作品を作っていく勇気をもちたいです。美しくひどい海に消えていったいくつもの命への鎮魂をこめました、どうか少しでも平穏が訪れることを、切に切に祈っています。同時に、傷つく心に寄り添うような絵であってほしいと祈っています。
そんな感じです。来月はもうちょっといい意味で肩の力を抜いて書けるようにしたいです。
報道をみれば凄惨極まりない出来事が毎日のように飛び込んできています。どうか無理なさらず、くれぐれもご自愛ください。
